引き継ぎ書を後任に渡して、新しい部署に移ってから1週間がたちました。前の部署の後任から、チャットが届きます。「取引先から見積の依頼が来ました。いつもの単価で出していいですか」。見積の作り方は引き継ぎ書に書いたのに、単価をどんなときに変えるかは1行も書いていませんでした。

後任が何度も聞きに来るのは、書いた本人には自分の引き継ぎ書の抜けが見えないからです。抜けは、その仕事を知らない後任が書面だけで手を動かしたときに初めて見つかります。

この記事の結論

  • 引き継ぎ書には、全体像と目的・締切と頻度・手順・関係者と連絡先・保管場所・進行中の案件・判断の基準の7項目を、この順で書く
  • 1行に1つの動作を書き、場所は名前で示し、前提知識を省かず、判断には理由を添える
  • 渡す前に、後任が明日来そうな依頼3件を、引き継ぎ書だけを見て最初の一手まで進める
  • 詰まった行には印を付け、前任は口で答えずに書き足す。3件続けて止まらなくなったら渡す

引き継ぎ書に書く7つの項目と順番

引き継ぎ書には、渡す仕事ごとに次の7項目を、この順番で書きます。手順より前に全体像と締切を置くのは、後任が最初に知りたいのが、何のための仕事で、いつまでにやるかだからです。

  1. 全体像と目的:その仕事が誰の何のためにあり、終わったあと次に誰が受け取るか
  2. 締切と頻度:毎月何日、毎週何曜日、依頼が来てから何日以内か
  3. 手順:最初の一手から終わりまでを、1行に1つの動作で書く
  4. 関係者と連絡先:社内で確認を取る人と取引先の窓口を、連絡の手段と一緒に書く
  5. 保管場所:使うファイル・様式・過去の控えが入ったフォルダや棚を、名前で書く
  6. 進行中の案件:渡す日の時点で途中になっている件ごとに、次にやることと期限を書く
  7. 判断の基準:例外の場面や迷う場面で、どちらを選ぶかを理由と一緒に書く

書き始める前に、渡す仕事を、毎回同じやり方で回す仕事・ときどき来る仕事・いま進行中の仕事に分けておきます。毎回同じ仕事は手順を細かく書き、ときどき来る仕事は判断の基準を詳しく書き、進行中の仕事は次の一手と期限を1行で書きます。ときどき来る仕事で書くべき内容が抜けやすいのは、前任も前回のやり方を思い出しながら書くからです。

渡す仕事がいくつあるのかを自分でもつかめていないときは、業務の洗い出し方法のやり方で、仕事を1行ずつ書き出すところから始めてください。

引き継ぎ書の書き方|後任に伝わる4つの決まり

引き継ぎ書の1行は、後任がその行だけを見て手を動かせる形で書きます。後任が止まるのは、動作が詰め込まれた行、場所や言葉が書き手にしか分からない行、理由の書かれていない判断の行です。

1行に1つの動作を書く

「見積を作って送る」と1行で書くと、後任はどこから手を付けるかで迷います。「見積の様式を開く」「品番と数量を入れる」「単価表の今月のシートから単価を写す」「課長に回して確認の印をもらう」「PDFにして取引先の窓口へ送る」の5行に分けると、後任は止まった行の番号で質問できます。

場所は名前で書く

「いつものフォルダ」「例のファイル」と書かれても、開けるのは書いた本人だけです。「共有>営業事務>見積>2026年度」のように、上から順にたどれる名前で書きます。紙の控えなら、何番目の棚の、どの箱かまで書いておきます。

前提知識を書き飛ばさない

引き継ぎ書から落ちやすいのは、社内の略語や取引先ごとの決まりのように、前任が毎日使っていて意識していない知識です。「締め」が毎月何日を指すのか、「仮発注」と「本発注」はどう違うのか、社内の呼び名には最初に使う行で短い言い換えを添えます。

口で仕事を頼んだときに話が食い違うのも、たいていはこの前提知識が抜けたときです。頼む側の言葉から直す方法は、仕事の指示が伝わらない原因の記事にまとめました。

判断には理由を1行添える

「A社の見積は特別単価を使う」とだけ書くと、B社から値引きを頼まれた日に、後任は判断できません。「長年の取引で単価を決め直したため、A社だけ特別単価を使う。ほかの会社から値引きを頼まれたら課長に聞く」と書けば、理由と、例外のときに誰に聞けばよいかが後任に伝わります。

工程が多く、引き継ぎ書の手順が何十行にもなる仕事は、工程ごとに手順書を分けたほうが後任は迷いません。分け方と、どの工程から手順書にするかの決め方は、業務フローの手順書の作り方で説明しています。

引き継ぎ書を書いたのに聞かれる理由

4つの決まりを守って書いても、後任からの質問は残ります。前任が毎日こなしている判断や操作の多くは、本人には当たり前すぎて、書くべきことだと気づけないからです。仕事の中で身についたのに言葉になっていない知識を、暗黙知と呼びます。

前任が自分の引き継ぎ書を読み返すと、どの行も分かりやすく見えます。書かれていない部分を、読みながら自分の頭で埋めているからです。抜けが見つかるのは、その仕事を知らない人が、書面だけで手を動かしたときです。

私は、手順を書いた文書の出来を「それ、新人にできますか?」という問いで測っています。ただ、前任が自分にこう問いかけても、仕事を知らない人がどこで止まるかまでは想像しきれません。そこで、後任本人に試してもらいます。

ベテランが長年続けてきた仕事ほど、暗黙知は多くなります。長く1人が受け持ってきた仕事を書き起こすときは、技能伝承のマニュアル化の手順も合わせて使ってください。

後任が引き継ぎ書を開かずに聞きに来ているなら、抜けを探す前に、後任が引き継ぎ書の置き場所を把握しているかを確かめます。確かめる順番は、マニュアルが読まれない原因に書きました。

渡す前に後任が試す|引き継ぎ書の試運転

後任の試運転は、渡す前に、後任が明日来そうな依頼3件を引き継ぎ書だけで最初の一手まで進め、詰まった行を前任が書き足す確かめ方です。試運転は、前任がまだ同じ職場にいるうちに行います。後任が詰まった行に答えを書き足せるのは、その仕事を知っている前任だけだからです。2.1では、この確かめ方を引き継ぎ書の仕上げの手順として整理しています。

引き継ぎ書の確かめ方は、行う時点で次のように分かれます。

確かめ方 行う時点 見つかる抜け 前任がその場で直せるか
上司の読み合わせ 書き終えたあと、渡す前 文面を読んで気づく抜け。手を動かさないため、作業の途中で止まる行は残りやすい 直せる
引き継ぎ後に後任が一人で回す日 引き継ぎを終えたあと 後任が書面だけで手を動かして止まった行 前任は部署を移っており、その場では書き足せない
渡す前の後任の試運転 前任と後任が同じ職場にいる、渡す前 想定の依頼3件で、後任が書面だけで手を動かして止まった行 隣で書き足せる

一人で回す日を設ける方法はほかの解説にも載っていますが、渡す前の段階で想定の依頼を使って試す手順は、2.1が確認した範囲では見当たりませんでした。

後任の試運転の流れ

手順1|明日来そうな依頼を3件選ぶ

前任が、渡す仕事の中から、後任のもとに明日来そうな依頼を3件選びます。選ぶのは、毎回同じ仕事・ときどき来る仕事・進行中の案件から1件ずつです。

依頼は「取引先Aから、来月分の見積を今週中にほしいとメールが来た」のように、「誰から、何を、いつまでに頼まれたか」を1文にして、紙1枚に1件ずつ書きます。後任には、どの依頼が出るかを前もって伝えません。

手順2|後任が引き継ぎ書だけで最初の一手まで進める

後任は依頼の紙を1枚受け取り、引き継ぎ書だけを見て、その依頼で最初に必要な作業を実際に行います。様式を開いて品番を入れる、窓口へのメールを下書きする、といったところまでで、取引先へ本当に送る必要はありません。その先の行は、引き継ぎ書を指でたどりながら「次にこれをやる」と声に出して言ってもらいます。

仕事の量によって前後しますが、2.1の目安は1件に10分、3件で30分前後です。前任は後任の横に座り、口を出さずに見ています。

手順3|詰まった行に印を付け、前任は書き足す

印を付けるのは、後任の手が止まった行です。前任は、その場で口で答えず、答えを引き継ぎ書に書き足します。後任には、書き足した行を読んでから先へ進んでもらいます。

口で答えた内容は前任が部署を移った日に職場から消え、次に同じ依頼が来た日、後任はまた誰かに聞きに行くことになります。

詰まった行ごとに、何件目の依頼の何行目で止まったかと、書き足した文を、書き足した日と一緒に引き継ぎ書の余白か別紙に残してください。止まった理由も、場所が分からない・言葉が分からない・どちらを選ぶか決められない・1行に動作が2つある、のどれかで書き添えます。

止まった理由は、4つの決まりのどれかに当てはまるものです。場所が分からなければ名前で書き直し、言葉が分からなければ言い換えを添えてください。選べなければ理由を足し、動作が2つあれば行を分けてください。

ポイント

試運転の最中に前任がかける言葉は、次のとおりです。

  • 始める前:「分からなかったら、私に聞く前に、止まった行を指で押さえてください」
  • 後任が止まったとき:「その行に印を付けましょう。答えを書き足すので、読んでから進めてください」
  • 1件終わったとき:「どの行でいちばん迷いましたか。そこから直します」

手順4|詰まりが出なくなるまで3件ずつ繰り返す

書き足しが終わったら、別の依頼を3件選んで、もう一度試します。前の回と同じ依頼を使うと、後任が答えを覚えていて、抜けが見えなくなるからです。3件続けて止まらずに最初の一手まで進めたら、その引き継ぎ書は渡せる状態です。

1回目の試運転では、印が何か所も付きます。1回目は30点の出来の引き継ぎ書で始めて構いません。印の付いた行から直していけば、渡す日までに後任が使える形になります。

次の3件を試す前に、手順を書いた文書の書き方を一度見ておきたいときは、マニュアル品質診断ツールが使えます。評価の観点は再現性や検索性などです。PDF・Word・テキストのファイルを無料で入れられ、入れたファイルは処理が終わったあとに破棄されます。

異動・退職・担当替えで試運転を置く時期

試運転は、前任と後任が同じ職場にいる期間のうち、引き継ぎ書を書き終えた直後に行います。書き足しと2回目の試運転の時間を残すため、渡す日の前日には行いません。

  • 異動:後任が決まっていれば、異動日の前の週までに1回目を終えておく
  • 退職:最終出社日から逆算し、有給休暇に入る前に2回目まで終えておく
  • 担当替え(同じ部署の中):前任が隣にいても1回は試運転を行う。隣にいる間は聞けても、前任が休んだ日に後任の作業は止まる

引き継ぎの期間が1週間もないときは、試運転を1回だけ行います。2回目の代わりにするのは、後任が実際の依頼で詰まった行を前任へチャットで送り、前任が書き足して返すやり方です。

試運転が向いている引き継ぎと、向いていない引き継ぎは次のとおりです。

  • 向いている:前任と後任が同時に在籍する期間があり、ときどき来る仕事を含む引き継ぎ。ときどき来る仕事は、前任も前回のやり方を思い出しながら書くため、抜けが出やすい
  • 向いていない:本人と連絡が取れないまま担当が替わる引き継ぎ。詰まった行を書き足せる前任がいないため、試運転は行えない

育休のように休みに入る日が前もって決まっているなら、本人が引き継ぎ書を書き、試運転まで行えます。休業中に止める仕事の決め方は、中小企業での育休の引き継ぎで説明しました。

後任がまだ決まっていないときは、引き継ぎ書を先に書き終えておいてください。決まるまでの間に、同じ部署でその仕事をしたことがない人に1件だけ試してもらうと、手順の抜けは先に見つかります。

本人に連絡が取れないときは、残った記録から仕事を拾い出します。その手順を、退職代行で引き継ぎがないときの記事に書きました。

引き継ぎ書の書き方でよくある質問

様式は社内のものに欄を足せば足ります。後任が決まっていなくても書き終えておけますし、渡したあとは後任が直します。

Q1. 引き継ぎ書とマニュアルは何が違いますか?

引き継ぎ書は、ある人から次の人へ仕事を渡すときに書く文書で、進行中の案件や関係者のように、その時点の情報が入るものです。マニュアルは、誰がやっても同じ結果になるように手順と基準をまとめ、担当が替わっても使い続ける文書です。試運転で直した引き継ぎ書の「手順」と「判断の基準」は、そのままマニュアルの元になります。

Q2. テンプレートはどれを使えばよいですか?

社内に決まった様式があればそれを使い、7項目のうち欠けている欄だけを足します。様式がない会社は、表計算ソフトに7項目の列を作るだけで十分です。配られているテンプレートを使うときも、判断の基準と進行中の案件の欄があるかを確かめてください。

Q3. 後任が決まっていないときは、どうすればよいですか?

書き終えた引き継ぎ書は上長に預け、進行中の案件の欄だけは、前任が週に1回書き直します。後任が決まったら、その週のうちに試運転を1回行ってください。

Q4. 渡したあとの引き継ぎ書は、誰が直しますか?

渡した日からは、後任が直します。実際の依頼で迷った行や、やり方が変わった行は、その日のうちに1行書き足し、直した日付を残します。ミスが起きたときにどの行をどう直すかは、ミスの再発防止の手順書の決め方が使えます。

まとめ|渡す前に、後任に3件試してもらう

次に引き継ぎ書を書き終えたら、渡す日を決める前に、後任と30分の時間を取ってください。明日来そうな依頼を3件選び、後任が引き継ぎ書だけで最初の一手まで進め、詰まった行を前任が書き足します。3件続けて止まらなくなれば、渡したあとに後任から届くのは、引き継ぎ書に書いていない新しい場面の質問が中心になります。

同じ時期に引き継ぎが何本も重なり、試運転の時間を取りきれない場合は、2.1にご相談ください。引き継ぎ書を、担当が替わっても使い続けられる手順書に直すところから一緒に進めます。

試運転で詰まりが減らないときは

マニュアルを無料で診断する

手順を書いた文書をPDF・Word・テキストで入れると、書き方の評価を確かめられます。

引き継ぎの整え方を相談する

内容を確認後、担当者よりご連絡いたします。