販売管理のシステムの入れ替えで、総務の課長が担当に指名されたとします。ベンダーとの最初の打合せで言われたのは、「現行の業務を教えてください」の一言です。
経理と営業の担当者に聞いて回ると、返ってくるのは毎月同じように回る流ればかりです。値引きを頼まれたときや、取引先の締め日がずれたときの動きは、こちらが聞かない限り出てきません。
普段の流れなら、たいていはシステムの標準の画面で処理できます。新しい画面から漏れるのは、いつもと違うときの動きのほうです。画面に載っていなければ、現場は元のExcelや紙でその作業を続けます。
この記事の結論
- 業務システムの導入前の業務整理では、普段の流れより先に、現場の「いつもと違うとき」を聞く
- 聞く相手は、その業務を今週やった担当者1人。1業務につき30分で止める
- 始まるとき・途中・止まったとき・終わるときの順に10問を聞き、曖昧な答えには聞き返しの一言を返す
- 答えは「条件→違う動き→誰が決めるか」の1行に直し、決める人がいなければ、そのまま書いてベンダーに渡す
業務システム導入前の業務整理で漏れる「いつもと違うとき」
業務整理で抜けやすいのは、いつもと違うときの動きです。
ベンダーに現行の業務を説明するとき、話す側はまず、毎回同じ順で進む流れを思い浮かべます。値引き、分納、休日の出勤のような月に数回しか起きない動きは、その流れの外にあるので、説明の順番に入ってきません。
例外が起きた場面では、現場の担当者も手を止めて考えています。私がマニュアルで減らそうとしているのは、仕事の中の「悩む・迷う・やり直す」です。例外を聞かずに画面を決めると、例外のたびに担当者が悩み、迷い、Excelや紙でやり直す作業がシステムの外に残ります。
私はSE出身です。システムを作る側が受け取れるのは、言葉にして渡された業務だけです。例外を言葉にして渡せるのは、その業務を毎日回している現場の担当者に限られます。
要件を決める場に業務を担う側が加わる必要は、公的機関の資料でも示されている考え方です。IPA(情報処理推進機構)の「ユーザのための要件定義ガイド 第2版」の紹介ページでは、「背景」に次の一文があります。
「従来のようなITベンダやシステム部門が中心になって要件定義をすすめるスタイルから、業務部門のユーザが主体的に関与するスタイルへの変革の必要性が増しています。」
出典:IPA「ユーザのための要件定義ガイド 第2版」(2019年9月12日公開、2019年12月20日更新)
生成AIやAIエージェントを入れる場合も、仕事の中身を先に言葉にする順番は同じです。任せる仕事が言葉になっていないまま進めた例は、生成AI導入で失敗する中小企業にまとめました。手順と判断の書き出し方は、AIエージェント導入前の業務プロセスの可視化で説明しています。
業務整理の聞き取りの前に決める相手・業務・時間
聞く相手はその業務を今週やった担当者1人、対象は1業務、時間は30分です。この3つを先に決めておくと、聞き取りが雑談や部署全体の説明に広がりません。
相手には、その業務を今週実際にやった人を選びます。課長や前任者は流れを要約して話せますが、細かい例外を覚えているのは、いま手を動かしている人です。
対象は、システムに載せる業務の中から1つずつ選びます。販売管理なら「受注を入力する」、勤怠なら「残業を申請する」のように、1回の作業として区切れる大きさにします。社内にどんな業務があるかがまだ一覧になっていない場合は、先に業務の洗い出し方法の手順で書き出してから選んでください。
時間は、1業務あたり30分で止めるのが2.1の目安です。私は、最初の棚卸しも30分で切り上げるように勧めています。聞き足りない分は、日を改めて次の30分で続きを聞きます。
聞き方の基本は、数字を先に出して聞くことです。「月に何回ありますか」と聞いて「3回くらい」と返ってくれば、その数がベンダーと画面を決める材料になります。「ときどきあります」のままでは、例外の大きさが伝わりません。
業務システムに載せる前に現場の例外を聞く10問
10問は、業務が始まるときから終わるときまでの順番どおりに聞きます。答えが「ときどき」「人による」で止まったら、各問に添えた聞き返しの一言をそのまま返してください。

業務が始まるときの2問
- 問1「この業務は、月に何回ありますか。そのうち、いつもと違う始まり方をしたのは何回でしたか」。答えが「たまに」なら、「先月だと何回でしたか」と聞き返します
- 問2「いつもと違う頼まれ方をするのは、誰からですか」。相手が浮かばないようなら、「取引先でも部署でも構いません」と添えます
問1で件数が出ると、このあと聞く例外の大きさが見えてきます。月に1回の例外と月に20回の例外では、ベンダーと話すときの重みが変わります。
途中で手が止まるときの4問
- 問3「いつもの流れのどこで、『今回は違う』と手が止まりますか」。場面の説明で終わったら、「それは、どの作業をしているときですか」と聞き返します
- 問4「そのとき、誰に聞いて、何を見て決めますか」。人の名前が返ってきたら、「その方の役職は何ですか」と聞き返します
- 問5「決める人が席にいないときは、どうしていますか」。「待ちます」と返ってきたら、「何日まで待ちますか」と聞き返します
- 問6「決まりにはないけれど、慣れでやっていることはありますか」。出てこなければ、「隣の人が同じ作業をすると、やり方が違うところはありますか」と聞き返します
問5で「戻るまで待つ」という答えが多いなら、その業務はシステムに載せても、決める人の承認を待つ時間が残ったままです。待ちがどこで生まれているかを申請1件の時刻からたどる方法は、承認フローの見直しで説明しました。
聞き返しの一言で、答えた人を問い詰めることはしません。返ってきた言葉を、件数・役割・作業の名前のどれかに置き換えてもらうための一言です。同じ言葉でも人によって受け取り方がずれる理由は、仕事の指示が伝わらない原因に書きました。
注意
聞き取りで避けたい言い方
- 「なぜ、決まりどおりにやらないのですか」:理由を問い詰める形になり、相手が例外を話さなくなる
- 「全部教えてください」:範囲が広すぎて、答えが普段の流れの説明に戻る
- 「それはシステムで直せますよね」:聞き手が答えを先に決めてしまう
止まったときの2問
- 問7「直近でいちばん面倒だった例を、1つ教えてください」。話が終わったら、「そのとき、どうやって直しましたか」と聞き返します
- 問8「やり直しになるのは、どんなときですか」。「入力のミスです」と返ってきたら、「どの欄を、何と間違えやすいですか」と聞き返します
問7と問8は、過去の1件を思い出してもらう問いです。一般的な傾向は答えにくくても、日付のある出来事なら、担当者は順を追って話せます。
業務が終わるときの2問
- 問9「月末、期末、年度替わり、または年に数回しかない対応で、違う動きはありますか」。「あります」と返ってきたら、「去年は何月にありましたか」と聞き返します
- 問10「新しいシステムになって、できなくなったら困るやり方は何ですか」。「特にない」と言われたら、「今のExcelで、消されたら困る列はどれですか」と聞き返します
問10の答えは、現場がいまの作業のどこを手放したくないかを示すものです。ベンダーとの打合せで、画面に残す欄を決めるときの材料になります。
例外の答えを「条件→違う動き→誰が決めるか」の1行に直す
聞き取った答えは、どんな条件のときに、いつもと何が違い、誰が決めるのかを1行に書いてベンダーに渡します。決める人がいない例外は、「決める人がいない」とそのまま書いた1行で構いません。
次の2つの会話は、聞き取りの進め方を示すために作った架空のやり取りです。金額や件数も、説明のために置いた数字です。

販売管理の値引きを1行にする
- 聞き手:「見積を出したあとに値引きを頼まれるのは、月に何回ありますか」
- 担当者:「ときどきですね。お客さんによります」
- 聞き手:「先月だと、何件でしたか」
- 担当者:「4件かな。どれも、長く付き合いのある会社です」
- 聞き手:「値引きするかどうかは、誰が決めますか」
- 担当者:「5%までなら私が決めます。それを超えると、課長に聞いています」
- 聞き手:「課長がいないときは、どうしていますか」
- 担当者:「戻るまで、お客さんに待ってもらっています」
この会話を1行にすると、こうなります。
- 1行:「既存の取引先に見積後の値引きを頼まれたら、5%までは営業担当が、5%を超えるときは営業課長が値引き率を決める。課長の不在中は取引先に待ってもらう(月4件ほど)」
「既存の取引先に〜頼まれたら」が条件で、「値引き率を決める」が違う動きです。担当者の「私が」「課長に」という答えは、1行では「営業担当」「営業課長」のように、誰が読んでも同じ人を指す役割の名前に直します。担当者が替わっても、1行の意味が変わらないようにするためです。
課長の不在中に取引先を待たせている点は、代わりに決める人をシステムに設定するかどうかを、ベンダーと話す材料になります。値引きの判断を担当者ごとにそろえる進め方は、見積の属人化を解消する手順と同じ考え方です。
勤怠の休日出勤を1行にする
- 聞き手:「休日に出勤する人は、月に何人くらいいますか」
- 担当者:「繁忙期だけで、2〜3人です」
- 聞き手:「そのとき、いつもと違う手続きはありますか」
- 担当者:「振替休日にする人と、手当にする人がいます」
- 聞き手:「どちらにするかは、誰が決めますか」
- 担当者:「本人と上司で話していると思います。決まりはないですね」
この会話からは、次の1行ができます。
- 1行:「繁忙期に社員が休日出勤したら、振替休日にするか休日手当にするかを決める。決める人がいない(今は本人と上司がその都度話している。月2〜3人)」
答えが「決まりはない」だったときは、聞き手が決め方を考えて埋めないでください。「決める人がいない」と書いた1行からは、勤怠のシステムの設定を決める前に、社内で誰が決めるかを話し合う必要が見えてきます。休日の扱いは就業規則にかかわるので、社内の規程を確かめるのも話し合いの前の作業です。
ベンダーに渡す前に1行を確かめる
1行は、ベンダーとの打合せの前に読み返し、条件から始まっているか、決める人が役割で書かれているかを確かめます。
チェック
- 1行が「〜したら」「〜のとき」の条件から始まっている
- 誰が決めるかが、人の名前でなく役職や係の名前で書かれている
- 決める人がいない例外は、空欄にせず「決める人がいない」と書いてある
- 件数が分かった例外には、括弧で月の件数を添えてある
1行の頭に条件がないと、ベンダーは画面のどこで処理を分ければよいかを読み取れません。直すときは、問1や問3で聞いた場面を1行の頭に足します。
システムで受けるか、人の判断として残すかは、ベンダーとの打合せで1行ずつ決めます。どのシステムを選び、どう設定するかも、その打合せで決める事柄です。2.1が手伝うのは、その前の業務の見える化と、マニュアル作成支援です。
人に残すと決まった例外は、システムを入れたあとも担当者が判断して処理します。その例外は手順書にして、システムの操作の手順と同じ場所に置きます。業務の流れを図にしてから工程ごとの手順を書く方法は、業務フローの手順書の作り方で説明しました。
話を聞いた相手が近く異動する予定なら、その1行を引き継ぎ書の「判断の基準」の欄にも写しておきます。引き継ぎ書に書く項目と順番をまとめたのが、引き継ぎ書の書き方です。
手順書の下書きができたら、マニュアル品質診断ツールで書き方を確かめられます。入れられるのはPDF・Word・テキストのファイルで、料金はかかりません。結果は再現性や検索性などの観点で返り、入れたファイルは診断を終えると破棄されます。
業務システム導入前の業務整理でよくある質問
聞き取りの途中で困るのは、答えが出てこないときと、出すぎるときです。答えが出てこないときは過去の1件に戻り、出すぎるときは30分で止めて件数の多い順に聞きます。
Q1. 現場が「いつも同じです」と答えたときは?
問7に移り、直近でいちばん面倒だった1件を聞きます。「いつも」と言われる中身は普段の流れです。例外が出てくるのは、日付のある1件の話をしているときです。1件出たら問1に戻り、「その件のような始まり方は、月に何回ありますか」と聞きます。
Q2. 例外が多すぎて30分で終わらないときは?
聞き取りは30分で止め、その日に聞けた分を1行にまとめたら、次の30分は問1で件数の多かった例外から聞きます。全部を1回で聞こうとすると、相手の通常の仕事が止まり、2回目の時間をもらいにくくなるからです。
Q3. ベンダーがすでに決まっているときは?
次の打合せの前に、1業務分の例外を1行ずつまとめて渡すのが目安です。打合せでは、渡した1行を上から順に、システムで受けるか人に残すかを決めていきます。打合せの日が近いときは、件数の多い例外の1行から先に渡します。
Q4. 会計・販売管理・勤怠で、聞く質問は変わりますか?
10問は、どのシステムでも同じです。変わるのは、問9と問10で返ってくる答えです。会計なら決算の月、販売管理なら取引先ごとの締め日、勤怠なら年度替わりの休暇の付与が、年に数回の動きとして出てきます。
まとめ|次の打合せまでに1業務を30分聞く
ベンダーとの次の打合せまでに、システムに載せる業務を1つ選んでください。その業務を今週やった担当者に、30分の時間をもらうのが最初の作業です。業務が始まるときから順に10問を聞き、曖昧な答えには聞き返しの一言を返します。
答えを1行ずつ書いたら、渡す前に条件と決める人を読み返します。決める人がいない例外はそのまま残してベンダーに渡し、人に残る例外は手順書にしてシステムの手順の隣に置いてください。
聞き取った例外を手順書に残すときに
人に残す例外を書いた手順書をPDF・Word・テキストで入れると、書き方の評価が出ます。
相談だけでも歓迎です。内容を確認後、担当者よりご連絡いたします。

