月曜の朝9時過ぎに、退職代行業者から電話が入った。請求の仕事と取引先の窓口を1人で受け持っていた社員が、退職の意思を伝えてきたという。受話器を置いた上長のもとに、取引先Aから「今月の請求書がまだ届かない」とメールが届く。
辞められると困る人が本当に辞めた日に手が止まるのは、仕事の中身を本人しか知らないからです。それでも、本人が送ったメールや入れていた予定、請求書の控えは、会社の中に残っています。
この記事の結論
- 退職代行で辞めた人から引き継ぎがなくても、仕事の手がかりは会社の記録に残っている
- 探す場所は、送信済みメール、共有フォルダ、カレンダー、請求書などの控え、問い合わせの5か所
- 当日は期限の近い仕事だけを拾い、3日目までに拾い出しシートで一覧にする
- 2週間後に、残った行を、相手へ連絡するもの、同僚が引き取るもの、本人しか分からないものに振り分ける
この記事で扱うのは、残った記録から仕事を拾い出し、振り分けるところまでです。退職日や有給の扱い、貸与品の返却、出社を求めるかどうかは、個別の判断が要ります。本人への連絡の仕方も含めて、社会保険労務士・弁護士にご相談ください。
退職代行の連絡が来た当日|期限の近い仕事を拾う
当日に拾うのは、今日から7日以内に期限が来る仕事だけです。仕事の全体をつかむ作業は、翌日から3日目までに進めます。

当日に動くのは、辞めた人の上長です。見る場所は、カレンダーと、返事をしていない問い合わせの2つです。
カレンダーは今日から7日先までを開き、会議、納品、訪問、支払のように相手がいる予定を書き出します。
問い合わせは、受信メールの未返信、不在着信の履歴、チャットの未返信を見ます。期限が書かれた連絡は、日付も含めて書き写しておいてください。
取引先へ連絡するかどうかも、この日のうちに上長が決めます。承認や取引先の連絡が辞めた人に集まっていた会社ほど、当日に止まる仕事は増えるからです。承認や連絡が社長1人に集まっている会社は、社長が現場から抜けられない会社の手順で、社長に届く確認を先に減らしておけます。
注意
辞めた人のメールやチャットを開く前に、就業規則や情報管理の規程に社用メールの扱いが書かれているかを確かめます。あわせて決めておくのは、次の2つです。
- 開く人(1人に絞る)と、開いた日時を書き残す場所
- 見るのは仕事のやり取りだけにし、私的なやり取りは開かないこと
3日目まで|引き継ぎなしの仕事を5か所から一覧に
引き継ぎがなくても、5か所の記録を順に開けば、3日目までに仕事の一覧が1枚できます。一覧は30点の出来で足ります。
仕事をすれば、人はメールを送り、予定を入れ、ファイルを直し、請求書を出します。5か所は、その跡が残る場所です。
下の拾い出しシートは、上長が埋めます。辞めた人と近い仕事をしている同僚が1人加わると、見つけたメールや予定が何の仕事かを読み取れます。
5か所で見るところは次のとおりです。
- ①送信済みメール:宛先ごとに並べ、送った回数の多い相手から見ます。毎月同じ頃に同じ件名で送っていれば、定期の仕事です
- ②共有フォルダ:更新日の新しい順に並べ、直近2か月に本人が直したファイルを見ます。進行中で期限のある仕事が出てきます
- ③カレンダー:過去2か月と先2か月の予定を見ます。繰り返しの予定からは定期の仕事が、相手のいる単発の予定からは期限のある仕事が見つかります
- ④請求書・発注書・見積書の控え:毎月出ている請求書は、定期の仕事です。見積書を出したまま注文が来ていない取引先があれば、その件は相手の返事を待っている仕事です
- ⑤問い合わせ:受信メール、不在着信、チャットのうち、本人が返事をしていないものを見ます。相手がこちらの返事を待っている、期限のある仕事です

下のシートは2.1で整理したもので、公的な様式ではありません。
拾い出しシート(5か所×8列)
1行に1つの仕事を書きます。「拾った仕事」の欄は、相手・中身・期限の順で1文にします。下の3行は記入例で、実在の取引先ではありません。
| 置き場所 | 見たところ | 拾った仕事(誰に・何を・いつまでに) | 種類 | 相手 | 次の期限 | 今の担当(仮) | 確認状態 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ①送信済みメール | 毎月5日前後に同じ件名で送ったメール | 取引先Aに、前月分の請求書を、毎月5日までに送る | 定期 | 取引先A | 今日(今月送る分が未送付) | 経理の同僚 | 未確認 |
| ②共有フォルダ | 直近2か月に本人が直したファイル | ||||||
| ③カレンダー | 第2水曜10時の繰り返し予定 | 定例会議に、営業の数字の資料を、前日までに用意する | 定期 | 営業部 | 11月10日 | 上長 | 未確認 |
| ④請求書・発注書・見積書の控え | 見積書を出したまま注文が来ていない取引先 | ||||||
| ⑤問い合わせ | 返事をしていない受信メール | 取引先Bに、納期を延ばせるかの返事を、今週中に返す | 期限つき | 取引先B | 今週中 | 未定 | 本人しか分からない |
種類の欄には、定期・期限つき・相手の返事待ちのどれかを書きます。「今の担当(仮)」には当面受け持つ人を書き、決まらなければ「未定」とします。
記録から仕事は見つかっても、やり方や判断の理由が分からない行は残るものです。その行は空欄にせず、確認状態に「本人しか分からない」と書きます。空欄のままだと、まだ見ていない行と区別がつかないからです。
全部の仕事を拾い切ってから一覧を出そうとすると、出すのが遅れ、8日目以降に期限が来る仕事を見落とします。抜けた仕事は、そのあとの2週間に届く問い合わせで見つかるので、見つかった日に1行足します。
チェック
1行を書き終えたら、次を見ます。
- 相手が、部署名か取引先名で書いてあるか
- 期限が、日付・曜日・「今日」のように、いつまでか分かる形で書いてあるか
- 期限が今週中の行で担当が「未定」なら、その日のうちに上長が仮の担当を決めたか
仕事を1行ずつ書き出し、誰からも見える形にする進め方は、事業承継に向けた業務の見える化と同じです。違うのは、書くのが本人でなく、残った人であることです。
2週間後|引き継ぎのない仕事を3つに振り分ける
2週間後に残った行の行き先は、相手へ連絡する仕事、同僚が引き取る仕事、本人しか分からない仕事のどれかです。行き先は上長が決めます。
2週間後は、退職日とは別に、社内で一覧を見直すために置く区切りです。週1回の仕事が2回ずつ巡り、一覧から漏れていた仕事も、問い合わせとして届き始めます。
民法第627条第1項には、期間の定めのない雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過すると終了する、と書かれています。自社の従業員の退職日は契約によって変わるので、個別に確かめてください。
出典:e-Gov法令検索「民法」(明治二十九年法律第八十九号)第627条

振り分けるときはまず期限を見て、その週に期限が来て相手がいる行を、相手へ連絡する仕事に入れます。残りの行のうち、やり方が記録から分かるものは同僚が引き取ります。分からないものは、確認状態が「本人しか分からない」のまま残った行として、本人しか分からない仕事にします。
- 相手へ連絡する仕事:上長が窓口を決め、その週のうちに、担当が替わることと新しい窓口の連絡先を相手へ伝えてください
- 同僚が引き取る仕事:引き取る人を1人決め、「今の担当(仮)」の欄を正式な担当者の名前に書き換えます
- 本人しか分からない仕事:取引先に聞き、次にその仕事を手伝ったことのある同僚に聞きます
同僚に渡す前に、その行だけを見せて、次に何をするかを同僚が言えるかを確かめてください。引き取る同僚にとっては、初めて担当する仕事です。言えなかったときは、「それ、新人にできますか?」と上長が自分に聞き直し、足りない情報をその行に書き足します。
同僚が引き取った仕事は、やり方を確かめながら手順に書き残しておくと、次に担当が替わる日に同じ拾い出しをせずに済みます。長く1人が受け持ってきた仕事を書き起こすときは、技能伝承のマニュアル化の手順を使ってください。
休む日が先に分かっている育休なら、休む前に本人が仕事を書き出せます。その場合の進め方は、中小企業での育休の引き継ぎを見てください。
次の退職に備える記録の置き方|引き継ぎなしでも探せる
仕事が1人の頭の中にだけ残るのは、記録をどこにどう残すかという設計の問題だと私は考えています。下の3か所の置き方を決めておくと、異動や長い休みで担当が替わる日にも、探す手間が減ります。
- 送信済みメール:取引先へのメールは、CCに部署の共有アドレスを入れる決まりにする。本人の送信済みを開かなくても、やり取りが部署に残る
- 共有フォルダ:ファイルは個人のフォルダに置かず、取引先ごと・仕事ごとのフォルダに置く
- カレンダー:毎月の締めや請求、定例の準備は、部署の共有カレンダーに繰り返しの予定で入れる
決まりを作っても、記録の漏れは出るものです。漏れが見つかったら、その仕事の手順書に1行を足します。足す行の決め方を書いたのが、ミスの再発防止に使う手順書の記事です。
手順書が個人のフォルダや紙に散らばっていると、拾い出しで見る場所が5か所より増えます。古い版と今の版が混ざっているときは、今使われている1本をマニュアル整理の進め方のやり方で選び、置き場所を決めてください。
共有フォルダで本人が作った手順書が見つかったら、マニュアル品質診断ツールに入れてみてください。再現性や検索性などの観点で書き方を点検でき、費用はかかりません。入れたファイルは、処理が終わると破棄されます。退職への対応の良し悪しは、診断の対象に入りません。手順書が1つも見つからなかった会社では、拾い出しシートの行が最初の手順書の材料です。
退職代行で引き継ぎがないときのよくある質問
退職代行から連絡が来た週に、上長と総務の手が止まりやすいのは、次のような場面です。
Q1. 本人に連絡が取れないとき、何から始めますか?
カレンダーを開き、今日から7日先までの予定のうち、相手がいるものを書き出します。次に、返事をしていない問い合わせを見て、期限が書かれたものを日付も含めて書き写します。
Q2. 辞めた人の社用メールを見てもよいですか?
この記事では、見てよいとも、見てはいけないとも言えません。決め手は自社の就業規則や情報管理の規程です。規程に定めがないときや、私的なやり取りが混ざっていそうなときは、開く前に社会保険労務士・弁護士に確かめてください。
Q3. 取引先にはいつ連絡しますか?
期限の近い仕事の相手には、退職代行の連絡が入った当日に上長が連絡するかを決め、その週のうちに伝えます。ほかの相手には、2週間後の振り分けで窓口が決まってから伝えます。伝える中身は、担当が替わることと、新しい窓口の名前・連絡先までです。
Q4. 拾い出しには何日かかりますか?
拾い出しにかかる日数は、仕事と見る記録の量によって、会社ごとに違います。この記事での区切りは、3日目までに一覧を1枚出すことです。抜けた仕事は、そのあとの2週間に届く問い合わせから足していきます。
Q5. 2週間たっても残る仕事はどうしますか?
「本人しか分からない」と書いた行は、取引先に聞くところから埋めます。取引先は、その仕事で何を受け取っていたかを知っているからです。社内では、その仕事を手伝ったことのある同僚に聞きます。埋まった行から手順書の形に書き直し、引き取った人の手元に置いてください。
まとめ|記録から拾い、一覧にして、振り分ける
退職代行の連絡が入った日は、まずカレンダーを開くところから始めてください。3日目までに5か所から拾い出しシートを埋め、2週間後に残った行を振り分けます。振り分けを終えたシートは、そのまま次に担当が替わる日の引き継ぎ資料です。
2週間後のシートで同僚が引き取ると決めた行は、手順書がなければ、次に担当が替わる日にまた止まります。その行を、引き取った同僚が開いて動ける手順書にするところを、2.1が受け持ちます。
内容を確認後、担当者よりご連絡いたします。

