午前の打ち合わせの途中で、社員がドアを開けて「社長、ちょっといいですか」と声をかける。見積の値引きにどこまで応じるか、という相談だった。答えは先週と同じで、30秒で済んだ。席に戻ると、携帯電話には別の社員から納期のチャットが届いている。
社員から社長に届く質問や承認の依頼、「これでいいですか」の一言は、どれも社長への確認で、社員が増えるほど増えていきます。社長の1日は確認と確認の合間に細切れになり、残るのは「自分が現場から抜けられない」という感覚です。
この記事では、確認が社長に集まり始める目安を社員20名前後に置きます。統計や法令で決まった線とは別物なので、人数より、社長に届く確認の多さで見てください。
この記事の結論
- 社長が現場から抜けられないのは、社員から届く確認の答えが、社長の頭の中にしかないから
- 抜ける準備は、社長に届く確認を1週間数えるところから始める
- 回数の多い上位3つについて答えと理由を書き、社員が確認を送る前に見る場所に置く
- 翌週に同じ確認の回数を数え直し、減らない確認は書き方か置き場所を直す
- 書いても答えが決まらない確認や、会社の方針に関わる確認は、社長に残してよい
社長が現場から抜けられない会社で起きていること
冒頭の打ち合わせの場面と、次の場面は、社員が増えてきた会社を想定して私が書いたものです。
- 社員に見積の条件を聞かれて答えるが、なぜその条件なのかは社長の頭の中にしかない
- 出張先や休みの日にも、判断を求める電話やチャットが届く
- 説明するより自分でやったほうが早いと感じて、任せたはずの仕事を社長が引き取る
社長1人に確認が集まって順番待ちの列ができる様子を、私は「社長渋滞」というたとえで話しています。道路の渋滞と同じで、列が長くなるほど、社長は現場を離れにくくなります。
社員の側から見れば、社長に聞くのがいちばん早く、答えも確実です。
社長が現場から抜けられない3つの理由
1人にしか答えられない仕事が残る属人化は、設計の問題だと私は考えています。社長が現場に張り付くのもその1つの形で、理由の多くは、答えが社長の頭の中にしかないという会社の作りにあります。
①いつもの答えが書かれていない
月曜に聞かれた納期の確認に、社長は口頭で答えました。水曜には別の社員から同じ確認が届き、金曜にもう一度届きます。答えは毎回同じでも、口で返した答えは、聞いた本人の記憶にしか残りません。
次に入った社員は、同じ確認を最初から社長に聞くしかありません。社長が同じ答えを返す回数は、社員が増えた分だけ増えていきます。
②答えの理由が社員に見えていない
社員に「この条件ならOK」とだけ返すと、条件が少し変わった日に、社員はまた社長のところへ戻ってきます。なぜOKなのかが分からないので、似た案件を自分で決めてよいのか判断できないからです。
答えの理由が見えていれば、社員は条件の違う案件にも同じ考え方を当てはめられます。
③社員が確認を送る先が社長しかない
答えが書かれた場所がなければ、社員は誰かに聞くしかありません。社内でいちばん早く、間違いのない答えを返せるのは社長なので、確認は自然と社長に集まります。
足りないのは、社員が聞く前に答えを探せる場所です。
社員が使っている手順書や引き継ぎの資料がすでにあるなら、書き方に抜けがないかを先に点検できます。
社長が現場から抜ける第一歩は確認の回数を数えること
現場から抜ける準備は、1週間、社長に届く確認を1件ずつ数えるところから始めます。
社長の感覚では、どの確認も同じくらい重いものです。数えると、同じ確認が週に何回届いているかが分かります。同じ確認が何度も届くなら、その答えを1回書いておけば、次からは社員が自分で答えを見られます。
手順書には、社長がいつも返している答えと、その理由を数行で書きます。この短い文書を、マニュアルの1項目として足していく形です。1つの確認につき数行で済むので、仕事の合間でも書けます。社員が社長に確認を送る前に目にする場所を置き場所として決め、書いた手順書をそこに置きます。

最初に答えを書くのは、回数の多い確認だけです。どの確認を社長に残し、どの確認を書いた答えで社員に済ませてもらうかを決めます。
社長が現場から抜ける方法を比べる|任せ方4種
任せ方は1つに決めず、確認の中身ごとに、口頭・チェックリスト・答えを書いた手順書・権限ごと任せる形を組み合わせます。
| 比較項目 | ①口頭で任せる | ②チェックリストにする | ③答えと理由を書いた手順書 | ④決める権限ごと任せる |
|---|---|---|---|---|
| 向く確認 | 今週だけの急ぎの用件、一度きりの確認 | 毎回同じ項目を見れば済む確認(書類の抜けなど) | 同じ確認が週に何度も届き、答えに理由がある確認 | 金額や範囲を決めておけば、社員が決めてよい確認 |
| 作る手間 | 要らない。その場で伝える | 見る項目を数行書く | 1つの確認につき、答えと理由を数行書く | 決めてよい範囲と、範囲を超えたときの戻し先を決める |
| 弱点 | 答えが聞いた人の記憶にしか残らず、次の人に届かない | 項目に当てはまらない場面で、社員の手が止まる | 書いた答えが古くなると、社員が古い答えで動く | 範囲の決め方が曖昧だと、社員が決めたあとで社長が覆す |
| 社長に残るもの | 同じ確認に答え続ける時間 | 項目にない場面の判断 | 答えを書き直す手間と、手順書で答えきれない確認 | 範囲を超えた案件の判断 |
| 組み合わせ方 | 急ぎの確認に限って使う | ③の手順書の中に入れる | 回数の多い確認から、まずここで書く | ③で答えが固まった確認から、範囲を決めて移す |
表を読むときの軸は、確認の回数と、会社の方針に関わるかどうかの2点です。回数の多い確認は③で答えを書き、会社の方針に関わる確認は④にするか、社長に残します。口頭で任せる形も、急ぎの1件を片づける場面では使える手です。
社長が現場から抜けるための手順
1週目は、社長に届く確認を数えます。2週目に上位3つの答えと理由を書いて置き場所に置き、3週目に数え直します。3週間は進め方の目安です。

手順1|1週間に届いた確認を1件ずつメモする
担当:社長(メモを書く人)、右腕の幹部か総務(社長の外出中に届いた確認を代わりに書く人)
口頭、チャット、電話のどれで届いた確認も、届くたびに1行ずつメモします。1行には、何の確認か、社長が何と返したかを書き、下の見本の「置き場所」は手順4で決めてから書き込みます。
期間は1週間で切り上げます。回数の多い確認は1週間のうちに何度も出てくるので、多少の書き漏れがあっても、上位を選ぶのに困りません。
チェック
メモを付けるときの決まり
- 同じ確認が2回目に届いたら、新しい行を作らず、前の行に正の字を足す
- 「あとで返事する」とした確認も、1件として数える
- 社長が答えに迷った確認には、行の頭に印を付ける

手順2|回数の多い順に並べて上位3つを選ぶ
担当:社長と幹部
1週間のメモを見て、同じ確認を1行にまとめ、回数の多い順に並べます。答えを書くのは上から3つまでとし、4つ目から下は今回は書きません。
大事かどうかで選ぶと、社長の頭の中の物差しで選ぶことになり、どれも大事に見えて手が止まります。回数で選べば、社長と幹部で選ぶ基準が食い違わずに済みます。

手順3|社長の答えと理由を書く
担当:社長(答えを話す人)、幹部か総務(書く人)
選んだ確認について、社長がいつも返している答えを、そのまま書き出してください。答えのあとに理由を1行足すと、社員は条件が少し違う案件でも、同じ考え方で決められるようになります。
納期の確認を例にすると、書く中身は次の3行です。
- 答え:通常品は、受注から10営業日で受ける
- 条件:7営業日を切る依頼は、社長に確認する
- 理由:7営業日を切ると、外注先の手配が間に合わない
書く役は社長でなくても構いません。社長が話した内容を幹部が書き取り、社長が読んで直す形にすれば、社長が使う時間は話す時間と読む時間だけで済みます。
手順4|置き場所と社長に残す確認を決める
担当:社長と幹部
書いた答えは、社員が確認を送る前に目にする場所に置きます。作業場の掲示板、共有フォルダの1番上、社内チャットの固定メッセージなどが候補です。社員が毎日目にする場所から選んでください。置き場所が2か所以上になるなら、どこに何を置いたかを1枚の目次にまとめておくと、社員が探す手間が省けます。
あわせて、社長に残す確認も決めます。書いても答えが決まらない確認と、会社の方針や大きなお金に関わる確認は、これからも社長の担当です。残す確認がはっきりしていれば、社員はどの確認を社長に持っていけばよいかで迷いません。
手順5|翌週に同じ確認の回数を数え直す
担当:社長と幹部
答えを置いた翌週に、手順1と同じやり方で1週間メモを取ります。確かめるのは、手順2で選んだ確認が翌週に届いた回数だけです。
回数が減らない確認は、書き方か置き場所のどちらかを直します。社員が理由を読んでも決めきれないなら理由を足し、置き場所が見られていないなら毎日目にする場所へ移してください。減らなかった原因は、社員ではなく手順書の側で探します。
手順書の出来は、置く時点で30〜40点あれば足り、残りは数え直しで見つかった抜けを1行ずつ足して埋めていきます。
手順書を作っても社長が現場から抜けられない場合
同じ確認が繰り返し届いている場合は、答えを書いた手順書で確認の回数を減らせます。確認がもともと少ない会社や、社長の仕事が人との関係そのものにある会社に合うのは、別の手当てです。
- 確認はほとんど届かないのに、社長が現場に出続けている:手順書より先に、社長が自分で抱えている作業を書き出して見直す
- 社長の仕事の中心が、取引先との付き合いにある:手順書では補いにくいので、取引先ごとに、幹部が窓口を引き継ぐ時期を決める。会社そのものを次の代に任せる段階は、事業承継前の業務の見える化|社長の仕事を渡す手順で扱っている
- 社員が数名で、社長が全員の仕事を見られる:今は手順書がなくても回る。人が増えて確認がたまり始めたら、手順1から始める
この進め方で減らせる確認が多いのは、次のような会社です。
- 同じ確認が、週に何度も社長に届いている
- 社長の外出や休みの日に、現場の仕事が止まる
- 社長の話を聞いて書く役を、右腕の幹部か総務が引き受けられる
作って置けば社長がいなくても会社が回る、と期待している場合は、この進め方とかみ合いません。社長に残す確認は残りますし、置いた答えは数え直しながら直し続けるからです。社長が決めるべき仕事まで手放したい場合や、1週間のメモを取る時間がない場合も、途中で止まりやすくなります。
社長が現場から抜けられないことへのよくある質問
人数や書く範囲で迷ったら、手順1の1週間のメモに戻ります。
Q1. 何名から社長は現場から抜けられなくなりますか?
目安は20名前後ですが、人数で線は引けません。判断の材料にするのは、1週間に同じ確認が何回社長に届いているかです。社員が10名でも、同じ確認が毎日届くなら手順1から始められます。
Q2. 確認は全部手順書にしないといけませんか?
いいえ。書くのは、1週間で回数の多かった上位3つからです(手順2)。全部を書こうとすると書く量がふくらみ、最初の答えを置くまでに時間がかかります。上位の確認の回数が減ったら、次に多い確認を書き足してください。
Q3. 書いたのに社員がまだ聞きに来るのはなぜですか?
原因の候補は、置き場所が社員の目に入っていないことと、答えの理由が足りていないことの2つです(手順5)。聞きに来た社員と一緒に手順書を開き、答えがどこにあるかを探してみると、どちらが原因か分かります。聞きに来た確認には、これまでどおり答えてください。
Q4. 社長が決めることと任せることの線はどう引きますか?
この記事の考え方では、答えを書いても決まらない確認と、方針や大きな金額に関わる確認を社長に残します(手順4)。それ以外で、答えと理由を書ける確認から任せていきます。
注意
労働時間や賃金など、法令や労務に関わる判断を社員に任せてよいかは、手順書の話とは別に決める必要があります。個別の判断は、社会保険労務士や弁護士などの専門家にご相談ください。
Q5. 任せた仕事でミスが起きたらどうしますか?
ミスが起きた確認の答えと理由を読み直し、足りなかった条件を1行書き足します。翌週の数え直しで、同じ確認が社長に戻ってきていないかも見てください。手順書を直しておけば、同じミスにつながる確認が次の社員から届くのも防げます。
Q6. 手順書がまだ1つもない会社でも始められますか?
はい。手順1のメモは、手順書がなくても付けられます。1週間のメモから上位の答えを書けば、それが最初の手順書です。
すでに手順書が何本もあって、どれが今のやり方か社員にも分からない状態なら、書き足す前に仕分けを済ませておきます。仕分けの物差しは、マニュアル整理の進め方|使われているかで仕分ける手順にまとめました。
Q7. 社内だけで進められますか?外の支援は何をしますか?
社内だけで進められます。手順1から手順5までは、社長と右腕の幹部がいれば回る作業です。
外の支援を使う場合、私達がお手伝いするのは、社長の話を聞き取り、答えと理由を手順書の形に書き起こすところです。答えの中身を知っているのは社長だけなので、社長に話していただく時間は外に頼んでも残ります。そのため、完全丸投げのご依頼はお受けしていません。
まとめ|社長が現場から抜ける準備は確認の記録から
今週、社長に届いた確認を、届くたびに1行ずつメモしてください。何の確認で、社長が何と返したかが書いてあれば足ります。
1週間たったら同じ確認をまとめ、回数の多いものから3つを選びます。その答えと理由を書いて、決めた置き場所に置くのが2週目の作業です。その翌週にもう一度数え、減らない確認は書き方か置き場所を直します。
今週届いた確認を1件メモした時点で、社長に集まる確認を減らす準備は始まっています。

