社員から育休の申出があり、上司と総務で引き継ぎの話を始めた。ところが、その社員が毎月どんな仕事をしているのか、一覧にした紙がどこにもない。本人に聞くと、思い出した順に仕事の名前が出てくるだけで、話すたびに数が増えていく。
申出は歓迎していても、「あの人が休んだら、この仕事は誰がやるのか」と考えた時点で、総務と経営者の手は止まります。休業開始日が決まっていても、何を引き継ぐかが見えなければ、誰に頼むかも決められません。
この記事の結論
- 育休の引き継ぎが休業直前まで終わらないのは、休む人の仕事が一覧になっておらず、本人以外に全体が見えていないから
- 引き継ぎは、誰に任せるかを決める前に、休業中に止めてよい仕事を決めて、引き継ぐ量を減らすところから始める
- 休む人が自分の仕事を30分で書き出し、上司が続ける仕事と止める仕事に分ける
- 続ける仕事には代わる人と社外の宛先を決め、厚生労働省の「業務引継書」の様式に2列を足して引継書を書く
- 復帰後に仕事を戻す目安の日を決め、戻したあとに引継書を直して次の休業に備える
中小企業で育休の引き継ぎが休業直前まで終わらない状況
以下は、初めて育休の申出を受けた中小企業を想定した例です。
- 申出を受けて引き継ぎの話を始めたが、何を引き継ぐかの一覧がない
- 本人は普段の仕事を続けながら引継書を書くので、手を付けるのが後回しになる
- 代わる人が決まらないまま、休業開始日が近づいてくる
- 男性社員の育休で、配偶者の出産の時期によって休業開始日が直前まで動く
どの場面も、休む人の仕事が本人の頭の中にだけあるところから起きています。「休まれると困る人がいる」という感覚の正体は、その人の仕事が会社から見えていないことです。
育休の引き継ぎが休業前に止まる3つの原因
引き継ぎが止まる原因は、仕事の書き漏れと引き継ぐ量の多さ、決まっていない社外の連絡先です。どれも仕事の分け方と連絡の決め方で起きることなので、設計を変えれば直せると私は考えています。厚生労働省の「育休復帰支援プラン」策定マニュアルにも、「属人化を解消するなど業務を見直していくことが必要」とあります。
出典:厚生労働省「『育休復帰支援プラン』策定マニュアル」全体版(PDF p7)
①休む本人にしか仕事の全体が見えていない
本人が口頭で伝えるのは、思い出した順の仕事です。毎日の仕事はすぐに出てきても、月に1回の締めの作業や、取引先から不定期に届く依頼は、その場では思い出せません。書き漏れに気づくのは、休業に入ってからです。
本人は普段の仕事と並行して引継書を書くので、時間が取りにくく、書き始めるのは休業の直前になりがちです。
②止めてよい仕事まで引き継ごうとしている
全部の仕事を引継書に書こうとすると、量が多くなり、代わる人が読み切れません。休業中は誰も行わなくてよい仕事にまで手順を書き、そのぶん書き終わるのが遅れます。
同マニュアルは、業務を棚卸ししたうえで、必要性や重要性で分けるよう勧めています。必要性の低い業務は、省略・廃止や外部化をして効率化を図るとよい、という整理です。全部を引き継ぐ前提で書き始めると、この整理を使わないまま量だけが増えていきます。
出典:厚生労働省「『育休復帰支援プラン』策定マニュアル」全体版(PDF p36)
③休業中に届く連絡の宛先が決まっていない
取引先は、いつもの担当者宛てにメールを送り、電話をかけてくるものです。社内で代わる人を決めても、宛先が変わったことを社外に伝えていなければ、連絡は休む人に届き続けます。その結果、休業中に本人宛てのメールがたまり、急ぎの依頼に誰も気づかなくなります。
社内の分担と社外への案内は、別々に決めておくものです。
以前の異動や休業のときに作った引継書や手順書があるなら、マニュアル品質診断ツールで書き方を6つの観点から見直せます。
育休の引き継ぎは止める仕事を先に決めてから始める
引き継ぎで最初に決めるのは、休業中に止めてよい仕事がどれかです。誰に任せるかは、そのあとで決めます。
引き継ぎとは、休む人の仕事を、代わる人が休業中も滞りなく続けられる状態にすることです。休業中も誰かが行う仕事が「続ける仕事」で、休業明けまで待ってよい仕事が「止める仕事」です。
続ける仕事について休む人が書く一覧が引継書で、項目は仕事の名前、やり方の置き場所、迷ったときの連絡先、完了日です。
同マニュアルも、棚卸しした業務を必要性で分けてから分担を見直す順番を示しています(PDF p36)。この記事では、この整理を引継書を書く前の最初の仕分けに使います。止める仕事を先に外しておけば、引継書に書く仕事も、代わる人が覚える仕事も減ります。

止める仕事は、休業中の扱いを決めるための区分です。復帰後にどの仕事を本人に戻すかは、この先の手順5で改めて決めます。
育休前の引き継ぎの手順
引き継ぎの出発点は、休む人が仕事を書き出し、上司が続ける仕事と止める仕事に分けることです。続ける仕事について、代わる人と社外の宛先を決めてから引継書を書きます。最後に決めるのは、復帰後に仕事を本人へ戻す日です。

5つの手順の順番は目安です。
手順1|休む人が自分の仕事を30分で書き出す
担当:休む本人(書く人)、上司(読んで足りない仕事を指摘する人)
本人が、自分の仕事を1行に1つずつ書き出します。書くのは仕事の名前だけで足り、回数や分量は分かる範囲で添えれば十分です。
書き出しは30分で切り上げます。私は、最初の棚卸しには時間の区切りを付けるよう勧めています。区切りがないと、普段の仕事に押されて、書きかけのまま休業が近づくからです。
同マニュアルが勧めているのは、業務ごとの分量まで一覧にすることです。分量は分かるものから後で足せばよいので、最初の30分は仕事の名前を出し切ることを優先します。
上司の役目は、一覧を読んで抜けている仕事を本人に伝えることです。季節ごとに届く依頼や、年に1回の手続きのように、本人が書き忘れやすい仕事は、上司のほうが覚えている場合もあります。
下の見本の「続ける・止める」「代わる人」「社外の宛先」の列を埋めるのは、手順2と手順3です。

手順2|仕事ごとに続けるか止めるかを決める
担当:上司(決める人)、休む本人と総務(仕事ごとの事情を伝える人)
書き出した仕事を、続ける仕事と止める仕事の2つに分けます。区分を3つ以上に増やすと、どこに入れるかの話し合いだけで時間が過ぎてしまうからです。
止める仕事に入れる前に、上司は次の点を確かめます。
- 休業中に期限が来ないか
- 取引先や社外の人が、その仕事を待っていないか
- 法令や契約で決まった日付がないか
- 休業明けにまとめて行っても、困る人がいないか
判断に迷う仕事の入れ先は、続ける仕事です。休業前なら、続ける仕事からいつでも外せます。一方で、休業中に止まった仕事を再開するには手間がかかります。
同マニュアルが挙げる省略・廃止や外部化を検討するのも、この段階です。止める仕事の中に、休業明けも再開しなくてよい仕事が見つかれば、その仕事はこの機会にやめられます。

手順3|続ける仕事の代わる人と社外の宛先を決める
担当:上司(代わる人を決める人)、総務(社外への案内を出す人)
続ける仕事ごとに、代わる人を1人決めます。2人の名前を書くと、休業中にどちらがやるかを毎回相談することになるからです。同マニュアルは、仕事の重要度と権限で分担先を分けています(PDF p36)。重要度が高く権限の要る仕事は職位が上の人へ、それ以外は職位が下の人などへ任せる形です。
代わる人にとっては、初めて担当する仕事です。本人が普段どう判断していたかも、代わる人には分かりません。その人が引継書だけで進められるかを確かめるのは、手順4です。
あわせて、取引先や社外から届く連絡の宛先を決め、休業に入る前に取引先へ案内します。宛先が決まっていれば、休業中に本人宛ての連絡がたまらずに済みます。
ポイント
取引先への案内に書くこと
- 休業中の連絡先(代わる人の名前、部署の共有アドレスなど)
- 連絡先が切り替わる日
- 急ぎの用件のときの連絡先
休業の理由まで伝えるかどうかは、休む本人と相談して決めます。
手順4|厚労省の様式に列を足して引継書を書く
担当:休む本人(書く人)、代わる人(読んで分からないところを本人に聞く人)
同マニュアルの資料編に載っているのが、「業務引継書」の様式と記載例です。列は「NO」「引継内容」「備考」「完了日」の4つで、作成日・作成者・前任者・後任者の欄もあります(PDF p98)。
この記事では、この様式に「やり方の置き場所」「迷ったときの連絡先」の2列を足して使います。様式の記載例は仕事の名前と頻度までなので、代わる人が手を動かすための情報を2列で補う形です。
- やり方の置き場所:手順を書いた資料や、過去のメールが入ったフォルダの場所
- 迷ったときの連絡先:代わる人が判断に迷ったときに聞く相手(休む本人以外)
引継書に書くのは、手順2で続ける仕事に入れたものだけです。完了日の欄には、その仕事の引き継ぎを終える日を、休業開始日より前の日付で書きます。
代わる人は引継書を読み、分からないところを休業前に本人へ聞いて、その答えを引継書に書き足します。引継書だけで進められない仕事が見つかるのは、この段階です。
「やり方の置き場所」の欄には、仕事ごとに資料を1本だけ書きます。古い版が混ざっているときは、マニュアル整理の進め方|使われているかで仕分ける手順の仕分け方で1本を選んでください。
手順5|復帰後に戻す日を決めて引継書を直す
担当:上司と休む本人(戻す仕事と日を決める人)、総務(決めた日を記録する人)
休業に入る前に、本人が復帰したあと、どの仕事をいつ本人に戻すかを決めておきます。日付は復帰後に戻す目安の日として書き、止めた仕事を再開する日もあわせて決めます。
復帰後の配置や仕事の扱いは制度にも関わるので、個別の判断は都道府県労働局や社会保険労務士に相談してください。
本人が復帰したら、休業中に代わる人が書き足した内容を本人と一緒に読み、引継書を直します。直した引継書は、次に誰かが育休を取るときや、急な休みで仕事を引き継ぐときの元になる文書です。
休業の形で変わる育休の引き継ぎ|男性の育休と分割取得
休業の形によって、休業開始日の決まり方と、引き継ぎを行う回数が変わります。
| 比較項目 | 開始日が先に決まっている育休 | 開始日が直前まで分からない育休(男性の育休など) | 短い期間で取る・分けて取る育休(産後パパ育休・分割取得) |
|---|---|---|---|
| 根拠(厚生労働省のマニュアル) | この型に限った記述はない(全体の土台として、棚卸しと分担の見直しを挙げる。p36) | 出産予定日以降に取得するため、休業開始日が直前まで分からない場合がある(p42) | 期間が短かったり、引き継ぎを複数回行ったりすることが想定される(p36) |
| 引き継ぎで気をつけること | 休業開始日を、引継書の完了日の基準にできる | 配偶者の体調の変化で、急に休みを取ることも想定しておく(p42) | 本人や職場のメンバーとこまめに話して、分担を決める(p36) |
| この記事の手順での進め方 | 手順1〜5を順に進め、完了日を休業開始日より前に置く | 開始日が決まる前に手順1と手順2を終え、日が決まったら手順3へ進む | 1回目に書いた引継書を手順5で直し、2回目以降はその引継書を使う |
どの形でも、仕事の書き出しと仕分けは休業開始日に左右されません。開始日が読めない場合は、この2つを先に済ませておきます。
出典:厚生労働省「『育休復帰支援プラン』策定マニュアル」全体版(PDF p36・p42)
引継書を作っても育休の引き継ぎが進まない場合
引継書で整えられるのは、仕事の引き継ぎ方です。外から代わりの人を確保しにくい、制度の扱いが分からないといった問題には、別の相談先が向いています。
- 外から代わりの人をすぐ確保しにくい:社内の人でないと任せにくい仕事や、資格が要る仕事が当たります。同マニュアルは、こうした仕事を職場のメンバーで分担してカバーするとしています(PDF p36)。社内で分けきれない場合の人の確保は、都道府県労働局や社会保険労務士に相談します
- 休業の期間、給付、社会保険料などの扱いに迷う:引継書では答えが出ないので、社会保険労務士や都道府県労働局に確認します
- 休む人が1人で多くの役割を持ち、続ける仕事が多すぎる:手順2に戻り、止める仕事を増やせないかを上司が決め直します
手順1〜5をそのまま進めやすいのは、休む人の側と職場の側で、下の条件がそろっているときです。
- 休む人の仕事が、一覧になっていない
- 育休の申出を受けたばかりで、休業開始日までに時間がある
- 代わる人を、同じ部署の中で探せる
引継書を作れば休業中の人手不足も解決する、と考えている場合は、手順1〜5だけでは足りません。休む人に引継書づくりを任せきりにする場合も、手順1で上司が読む工程が抜けて、書き漏れが残ります。休みが数日だけなら、手順1の書き出しと手順3の宛先決めだけで足ります。
注意
両立支援等助成金の「育児休業等支援コース」は、育休復帰支援プランの記載を支給要件にしています(同マニュアル PDF p44)。求められる記載の1つが、「業務の整理、引継ぎに関する事項」です。支給要件は変わる場合があるため、最新の内容は厚生労働省のホームページや都道府県労働局で確かめてください。個別の判断は、社会保険労務士にご相談ください。
育休の引き継ぎについてのよくある質問
答えの多くは手順1〜5の中にあり、育休の制度や助成金に関わる質問は、社会保険労務士か都道府県労働局で確かめます。
Q1. 育休の引き継ぎはいつから始めればよいですか?
始めるのは、申出を受けた時点です。同マニュアルは、上司との面談で、仕事の引き継ぎや復帰後の業務内容を確認するよう勧めています(PDF p25)。
Q2. 引継書は誰が書きますか?
書くのは休む本人です。上司は手順1で一覧を読んで足りない仕事を伝え、代わる人は手順4で分からないところを本人に聞きます。本人1人に任せると、普段の仕事に押されて、休業の直前まで手が付かない場合があります。
Q3. 止める仕事は誰がどう決めますか?
決めるのは上司です。止める仕事に入れるのは、手順2で期限や取引先への影響を確かめたあとです。迷う仕事は続ける仕事に入れておけば、休業中に止まって困る場面を減らせます。
Q4. 代わる人の負担が重くなったときはどうしますか?
上司が手順2に戻り、止める仕事を増やせないかを見直します。負担が重くなるのは、休む人の仕事を職場のメンバーで分担するからです。同マニュアルは、組織全体の業務のスリム化や多能工化に日頃から取り組むよう書いています(PDF p36)。代わる人への手当や助成金の扱いは、社会保険労務士や都道府県労働局に確認してください。
Q5. 男性社員の育休では何が違いますか?
違うのは、休業開始日の決まり方です。同マニュアルによると、男性は出産予定日以降に育休を取得します。そのため、休業開始日が直前まで分からない場合があります(PDF p42)。開始日が決まる前に済ませておきたいのは、手順1と手順2です。
Q6. 育休の引き継ぎのほかに会社が対応することはありますか?
あります。仕事と育児の両立について、労働者の意向を個別に聴き取り、その意向に配慮することです。育児・介護休業法の改正で、2025年(令和7年)10月1日から事業主の義務になりました。
聴き取りの時期や方法は、厚生労働省や都道府県労働局の資料で確かめ、個別の判断は社会保険労務士にご相談ください。引継書づくりとは別の手続きなので、並行して進めてください。
出典:長崎労働局「育児・介護休業法の改正について」/厚生労働省「育児・介護休業法について」
Q7. 引継書づくりを外に相談すると何が進みますか?
外に相談すると、続ける仕事と止める仕事の仕分け、引継書の項目づくり、復帰後の見直しを、私達と一緒に進められます。社内だけでも、手順1から手順5は休む本人と上司、総務がいれば回せる作業です。
止める仕事を決めるのも、仕事のやり方を説明できるのも、上司と休む本人です。私達の役目は、お二人の判断を引継書の形に残すお手伝いなので、完全丸投げの形ではお受けしていません。
まとめ|育休の引き継ぎは止める仕事の決定から
次に育休の申出を受けたら、休む人に自分の仕事を30分で書き出してもらってください。仕事の名前が1行に1つずつ並んでいれば、最初の一覧としては十分です。
一覧ができたら、次は上司と並んで1行ずつ読み、休業中も続ける仕事に印を付けます。
本人が戻る育休と違って、社長が退く事業承継には仕事を戻す日がありません。社長の仕事を引き継ぐ場合の手順は、事業承継前の業務の見える化|社長の仕事を渡す手順で紹介しています。

