2026年10月1日から、カスタマーハラスメント(カスハラ)への対策が事業主の義務になりました。社内には方針のメールを流しました。それでも、窓口で怒鳴られたときに出ていくのは、9月と同じく管理者のあなたです。
書類の不備なら、あとから直せます。けれど、怒鳴る相手の前に立つのが毎回あなた1人のままでは、あなたが休んだ日に窓口を守る人がいません。
この記事の結論
- 厚生労働省が示す措置を並べた方針文書だけでは、窓口で相手を前にしたときの動き方までは決まらない
- カスハラ対応マニュアルの中心は、「どこからがカスハラか」「誰に、いつ引き継ぐか」という現場の判断基準
- 判断基準は、入社したばかりのパート・アルバイトでも同じ答えを出せる書き方にする
- 作り方は4ステップ。事実と方針を確認する→判断基準を書き出す→手順と引き継ぎ先を図にする→周知して運用を回す
- 最初の版はA4で4〜5枚から始め、対応の記録を見ながら書き足す
施行後も対応は変わっていませんか
施行日に合わせて、社内の規程は直したかもしれません。一方で窓口や電話口では、謝り方も電話の引き取り方も、担当者ごとに違ったままという職場があります。方針をメールで一斉に送っただけでは、現場の動きは施行前と同じです。
現場のスタッフが「普通のクレームかもしれない」と自分で判断して我慢していても、管理者からは見えません。本人が報告しなければ、同じ相手からの電話は翌週も同じ人に回ります。
「カスハラ対応は相手しだいで、マニュアルにはできない」という声もあります。相手の言動は毎回違いますが、受け止める側が何を見て判断し、どの段階で引き継ぐかは前もって決めておけます。
カスハラ義務化で確認すべきこと
2026年10月1日から、カスハラへの対策を講じることが事業主に義務づけられました。根拠は改正労働施策総合推進法で、事業主が講じる措置の中身は厚生労働省が指針で定めています。
出典:
カスハラの定義は3つの要素
リーフレットでは、次の(1)〜(3)をすべて満たすものをカスハラとしています。電話やSNS上の言動も含まれます。
- 顧客等の言動であって
- その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより
- 労働者の就業環境が害されるもの
現場が迷うのは、2つ目の「社会通念上許容される範囲を超えた」かどうかの見極めです。この線引きを自社の窓口の言葉に置き換えたものが、マニュアルの判断基準になります。
事業主に義務づけられる10項目
リーフレットが示す、事業主が講じなければならない措置は次のとおりです。
- 方針の明確化・周知啓発
- ①毅然とした対応と労働者保護の方針を明確にし、周知する
- ②カスハラの内容と、あらかじめ定めた対処の内容を周知する
- 相談体制の整備
- ③相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知する
- ④相談窓口の担当者が適切に対応できるようにする
- 事後の迅速かつ適切な対応
- ⑤事実関係を迅速・正確に確認する
- ⑥被害者への配慮のための措置を講じる
- ⑦再発防止のための措置を講じる
- 抑止のための措置
- ⑧特に悪質なケースへの対処方針をあらかじめ定め、体制を整備する
- その他
- ⑨相談者等のプライバシーを保護する
- ⑩相談したことを理由とする不利益な取扱いを禁止する
10項目は、会社として講じる措置の一覧です。自社の窓口で誰が、どの場面で、どう動くかは、各社が決めて書きます。それを書いた文書が、カスハラ対応マニュアルです。
注意
制度の説明は、厚生労働省の公開資料にもとづいています。個別のケースがカスハラに当たるかどうかは、社会保険労務士・弁護士にご相談ください。自社の対応が指針に沿っているかの最終確認も同じです。
カスハラ対応マニュアルが現場で止まる場所
業務マニュアルの支援で私達が見てきた「作ったのに使われない」マニュアルには、共通点がありました。方針のあとに続くはずの線引きや引き継ぎ先、更新の段取りが、書かれていないのです。
課題1|何がカスハラか現場で意見が割れる
同じ相手の同じ電話でも、受け止め方は人によって違います。ベテランの店長は「あれは普通のクレームだよ」と言います。入社3か月のスタッフは「怖くて何も言えなかった」と振り返りました。店長は自分の経験から線を引き、スタッフは自分が感じた怖さから線を引いています。
線引きが文字になっていなければ、判断は対応した人の経験と度胸で決まります。経験の浅い人は、言い返すか謝るかをその場で迷い、対応が終わったあとも上に報告するかどうかで迷います。
課題2|誰にいつ引き継ぐかが決まっていない
エスカレーション(上位の担当者への引き継ぎ)の先が、「とりあえず店長」としか決まっていない店舗は珍しくありません。店長が休みの土曜日、長引く電話を受けたアルバイトは、誰にも渡せないまま1時間以上電話口に立ち続けます。
土曜の電話を受けた人が迷わないように、引き継ぐ相手は2番手・3番手まで役職で書きます。引き継ぐ段階も、「通話が30分を超えたら」のように時間で決めておきます。
課題3|作って終わり、更新も訓練もされない
施行に合わせて方針文書を作り、全員に配っても、1年後に中身を覚えている人はほとんど残りません。業務マニュアルでもよく起きる流れです。
書いた判断基準は、ロールプレイで一度試すと、言葉の足りない箇所が見つかります。記録を見返して書き足す日が決まっていなければ、方針文書は配った日の内容のまま古くなっていきます。
カスハラ対応マニュアルの作り方|項目と手順
カスハラ対応マニュアルは8つの章で組み立てます。手間がいちばんかかるのは、現場の判断基準を書き出す部分です。
定義:カスハラ対応マニュアルとは
カスハラ対応マニュアルとは、顧客等の言動に直面した従業員が、何を基準に判断し、どう動き、誰へ引き継ぐかを書いた文書です。
似た文書に方針文書があります。方針文書は「会社がどう考えるか」を、対応マニュアルは「現場がどう動くか」を書く文書です。
| 比較項目 | 方針文書 | カスハラ対応マニュアル |
|---|---|---|
| 書く内容 | 会社の姿勢(毅然と対応し、従業員を守る) | 判断基準・初動の手順・引き継ぎ先・記録の方法 |
| 使う人 | 全従業員 | 窓口・電話・店舗で対応する人と、その管理者 |
| 使う場面 | 周知・研修 | 相手を前にして迷ったとき |
両方がそろって、はじめて現場が動けます。厚生労働省の10項目のうち、①の方針は方針文書として1枚にまとめ、対応マニュアルの第1章に綴じ込みます。②以降の多くは、第2章から先に書く現場の動き方です。
厚労省の措置とマニュアル項目の対応
10項目を、対応マニュアルの8つの章に対応づけると次のようになります。
| 厚生労働省の措置 | 対応するマニュアルの章 |
|---|---|
| ①方針の明確化と周知 | 第1章 方針 |
| ②カスハラの内容と対処の周知 | 第2章 定義と線引き/第3章 初動対応の手順 |
| ③相談窓口の設置と周知 | 第6章 相談窓口 |
| ④相談窓口担当者の対応 | 第6章 相談窓口/第8章 教育・訓練 |
| ⑤事実関係の確認 | 第5章 記録様式 |
| ⑥被害者への配慮 | 第7章 被害者ケア |
| ⑦再発防止 | 第5章 記録様式/第8章 教育・訓練 |
| ⑧悪質なケースへの対処方針と体制 | 第4章 エスカレーション基準 |
| ⑨プライバシーの保護 | 第6章 相談窓口 |
| ⑩不利益取扱いの禁止 | 第1章 方針 |

並べてみると、方針文書1枚では書ききれない章が7つ残ります。章立てに落とすとき抜けやすいのが、⑧の悪質なケースへの対処方針です。警察へ通報する基準、出入りを断ると決める人、警告文を出す手順は、方針文書には書きにくく、後回しになりがちです。
第6章の相談窓口には、カスハラを受けた従業員が相談する社内の担当者と連絡手段を書きます。相談を受けたときに聞き取る順番と、相談内容を共有する範囲も、この章で決める中身です。第7章の被害者ケアには、対応した従業員をいったん現場から離すかどうかを決める人を書きます。その後に声をかける人も、ここに書き込みます。
現場の判断基準を文字にする
ベテランの店長がその場の雰囲気で判断できる線引きは、入社1週間のアルバイトには伝わりません。
どこからがカスハラかの線引きは、会社が決めてマニュアルに書きます。現場のスタッフがその場で決めるのは、書かれた線引きに照らして、1人で対応を続けるか、引き継ぐかです。
そのため判断基準に使うのは、動作と、回数・時間です。
- 新人には使えない書き方:悪質な場合は責任者に相談する
- 新人にも使える書き方:同じ要求を3回繰り返されたら、責任者に交代する
- 新人にも使える書き方:通話が30分を超えたら、責任者に状況を伝える
回数と時間の数字は、店長やベテランと一緒に、過去に長引いた対応を振り返って決めます。どの時点で代わっていれば短く済んだかを聞くと、本人が無意識に使っている数字が出てきます。
書き上げた1行ずつを、入社1週間のアルバイトが店長のいない土曜に読み、交代するかを自分で決められるかで確かめます。
作り方4ステップ
作り方の手順は、次の4ステップです。
- 事実と方針を確認する:厚生労働省のリーフレットで10項目を確認し、自社の現状と並べます。過去の苦情の記録や、現場で「困った対応」として話題になった出来事も集めます
- 判断基準を書き出す:集めた出来事を「通常のクレーム対応で続けたもの」と「引き継いだほうがよかったもの」に分けます。境目は、動作と回数で書きます
- 手順と引き継ぎ先を図にする:図に入れるのは、初動を受ける人と、引き継ぐ段階、引き継ぐ相手です。責任者がいないときの2番手・3番手まで書き込みます
- 周知して運用を回す:全員に説明し、ロールプレイで最低1回は練習します。次に改定する日も、この時点で決めておきます

4つのうち日数がかかるのは、2つ目の書き出しです。集めた出来事を1件ずつ分け、境目を言葉にしていくので、手元の実例が多いほど早く固まります。
3つ目の図を配った時点で手を止めると、課題3と同じく作って終わりになります。改定日は、4つ目の説明会の場で、全員の前で決めるのが確実です。
迷ったときの判定フローと記録シート
相手を前にして迷ったときは判定フローで一次判断し、対応が終わったら記録シートに残します。
「カスハラかも」と迷ったときの判定フロー
判定フローの一例は、次の3つの問いで分岐させる形です。
- 要求の中身が、商品・サービスと関係ないか、著しく過大か
- 身体的・精神的な攻撃や、威圧的な言動があるか
- 対応が不当に長時間になっているか、執拗に繰り返されているか
1つでも「はい」なら、社内の対応基準に沿って報告し、引き継ぎます。3つとも「いいえ」なら、通常のクレーム対応として続けます。

判定フローは社内での一次判断を助けるもので、最終的な法的判断にはなりません。そのうえで、「判断に迷ったら報告する」とルールに書いておきます。報告した結果が通常のクレームだったなら、記録が1件増えるだけで済みます。報告がなければ、次の電話を受けるのも同じスタッフ1人です。
記録シートに残す項目
記録シートには、次の6項目を残します。記入例は架空のものです。
| 項目 | 記入例 |
|---|---|
| 発生日時 | 2026年10月○日 14時10分〜14時55分 |
| 対応チャネル | 電話(お客様相談窓口) |
| 相手の言動の内容 | 「今すぐ社長を出せ」と繰り返し要求 |
| 自社の対応内容 | 担当者が要望を確認し、対応できない理由を説明 |
| エスカレーション先 | 14時30分に窓口責任者へ交代 |
| その後の経過 | 翌日、責任者から書面で回答。以後の連絡なし |
この記録は、10項目の⑤にある事実確認と、⑦の再発防止の材料になります。担当者の記憶だけが頼りだと、1週間後には「言った、言わない」の水掛け論になりかねません。
チェック
記録シートを配る前に、次の3点を決めておきます。
- 記録の保管場所(紙かデータか、どこに置くか)
- 記録を見られる人の範囲(⑨のプライバシー保護にかかわります)
- 記録を振り返る頻度と、振り返る人
カスハラ対応でよくある失敗
窓口で使われていない対応マニュアルを開くと、方針はあっても、判断基準・引き継ぎ先・記録・練習のどれかが抜けています。
- 方針だけで、現場の基準まで落ちていない:「毅然と対応する」とだけ書いても、スタッフは何をすればいいか分かりません。動作と回数で書いた判断基準を添えます
- 引き継ぎ先が1人(1役職)だけ:その人が休みの日に機能しません。店長がいない日の電話を誰が受けるか、シフト表と並べて確かめます
- 記録が担当者の記憶頼み:再発防止に使えません。記録シートの6項目を、その日のうちに埋めます
- 研修が入社時の1回だけ:改定した内容が現場に届きません。改定のたびに短い練習を入れます
4つを最初から全部そろえようとすると、施行日からさらに何か月も過ぎてしまいます。最初の版は30〜40点で出し、方針1枚と最低限の判断基準・引き継ぎ先から使い始めてください。記録シートに新しい種類の対応が出てきたら、その分だけ判断基準に行を足します。
向いている会社・向いていない会社
顧客対応に立つ人が毎月のように入れ替わる職場では、店長の頭の中の線引きを口頭で伝え直す回数も、そのぶん増えていきます。
判断基準から作るのが向いている会社
- パート・アルバイトを含め、顧客に対応する人が頻繁に入れ替わる
- 店舗・窓口・コールセンターなど、顧客との接点が複数ある
- 過去に、現場の対応がばらついて揉めたことがある
判断基準から作らなくてよい会社
指針に沿った運用がすでに回り、現場の判断基準まで文字になって浸透している会社は、判断基準から作り直す必要はありません。手を付けるなら、記録シートが実際に埋まっているか、決めた改定日に見直しが行われたかを点検します。
マニュアル整備の進め方比較
カスハラの線引きを書くには、実際に怒鳴られた経験のある従業員の話が欠かせません。進め方を選ぶときは、その人たちの聞き取りの時間をどこで確保するかを比べます。
| 比較項目 | 内製のみ | 相談窓口・コールセンター向けツールの導入 | 伴走支援(株式会社2.1) |
|---|---|---|---|
| 判断基準の設計 | △ 書き手が自分の基準に気づきにくい | △ 入力する人しだい | ◎ 第三者が現場から聞き出す |
| 現場ヒアリングの負荷 | △ 通常業務と取り合いになる | △ 導入前の整理は自社で行う | ◯ 聞き取りの設計と記録を分担 |
| 法改正・実態変化への追従 | △ 担当者しだい | ◯ 記録から変化に気づける | ◯ 改定の段取りを運用に組み込む |
| 継続的な運用のしやすさ | △ 担当者の異動で止まりやすい | ◯ 通知や記録の仕組みが整う | ◎ 社内で更新できる形で渡す |
| 費用の形 | 人件費のみ | ツールの利用料 | 作成費+伴走 |
ツールを入れると、報告の通知と記録の置き場所はそろいます。ただ、入力欄に「同じ要求が3回続いたら交代」と打ち込むのは人の仕事です。判断基準がないまま記録だけが増えると、引き継ぐ時点の判断は現場の感覚に頼ったままです。
方針づくりと現場の実態の把握は、自社で進めるほうが早く終わります。時間がかかるのは、判断基準を言葉にする作業と、それを研修に組み込む作業です。現場への聞き取りと書き直しを何度も繰り返すため、通常業務と時間の取り合いになります。外部の伴走を頼むなら、この2つの作業が向いています。
伴走支援の進め方は、御社の担当者との二人三脚です。仕上げたマニュアルは、社内で改定を続けられる形でお渡しします。
カスハラ対応マニュアルのよくある質問
最初の版は数枚で足り、厚生労働省が公開しているマニュアルは書き始めの材料に使えます。
Q1. カスハラ対応マニュアルは何ページくらい必要ですか?
最初の版は、A4で4〜5枚から始めて構いません。一例として、方針1枚、判断基準1枚、引き継ぎ先の図1枚、記録シート1枚の構成です。8つの章を最初からすべて詳しく書く必要はありません。記録がたまるにつれて、判断基準のページが増えていきます。
Q2. 自社が義務の対象になるかは、どこで確認できますか?
確認先は、厚生労働省のリーフレットと特設ページです。リーフレットでは、措置を講じることが「事業主」に義務づけられると説明されています。自社がどの措置をどこまで講じるべきかといった個別の確認は、都道府県労働局や社会保険労務士にお問い合わせください。
Q3. 厚生労働省のマニュアルは、そのまま使えますか?
土台としては使えます。厚生労働省は「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(令和8年度改訂版)を公開しています。全国の企業向けに作られた資料なので、自社の窓口で誰が初動を受けるか、責任者がいないとき誰に引き継ぐかは書かれていません。初動の担当と引き継ぎ先を自社の言葉で書き足すと、現場で使えるマニュアルになります。
Q4. パート・アルバイトにも同じマニュアルを使えますか?
使えます。窓口や電話口で最初に応対するのが、パート・アルバイトの方という職場もあります。判断基準を、入社したばかりの人でも同じ答えを出せる書き方にしておけば、雇用形態で内容を分ける必要はありません。入社時に1回、改定のたびにもう1回、判定フローと引き継ぎ先の図を見せる時間を設けてください。
まとめ|判断基準の1行目を集める
窓口・電話・店舗に立つスタッフ3人に、ここ1か月でいちばん困った対応を1件ずつ聞いてください。聞いた3件を、続けてよかった対応と、引き継いだほうがよかった対応に分けます。2つを分ける境目を、1文で書き出してください。
書けた1行は、窓口の責任者と2番手に見せてください。店長が休みの土曜でも同じ判断になるかを確かめたら、方針文書のすぐ後ろに綴じます。
判断基準の聞き出し方や、整備の進め方を確かめたい方は、次のページをご覧ください。

